百年の歩み

Our History

愛されて、握り続けて、
150年。

Daitokuya History

南房総市最古の寿司屋「大徳家」。過酷な漁から帰ってきた漁師さんや、魚目的で集まった行商さんたち、そして千倉で生活する市井の人々のお腹を満たす、150年もの長きに渡るヒストリー。ここまで長く商いを続けて来られたのも、ひとえに美味しく食べてくれるお客様あってこそ。感謝の心を忘れず、これからも真摯に寿司と向き合ってまいります。

明治初期 大徳家はじまり物語り

大徳家の初代店主は、女性でした。たいそう身体の大きな女性だったそうで、名前を「徳(とく)」と言いました。屋号も決めぬまま店を開いてそうそうに、店主が客に「店の名前は何がいいかね」と募ったところ、「身体の大きな徳さんがやっている店」だから『大徳家』でいいだろうということであっさり決まってしまったのだとか。昔の人達の和やかな空気感が伝わってくるエピソードですね。

大徳家はじまり物語り

昭和初期 漁師の町・千倉の話

大徳家のある千倉町朝夷地区。漁港を中心に住宅が広がり、宿屋や料理屋をはじめ、遊郭や映画館等もあり、大変な賑わいをみせていた そうです。魚の行商さんが蔵をいくつも建てたことから、千の蔵の町、「千倉」と呼ばれるようになったのだとか。ちなみに下の写真は大徳家のある千倉商店街通りのものです。

漁師の町・千倉の話

昭和~令和 小さいながらも人気の寿司屋に

千倉町の南朝夷に構えた木造の小さなお店は、おかげさまで地元の人たちにも観光のお客様にも愛されて、狭い店内はいつも賑わっていました。店主はとうとう五代目となりまして、南房総市最古の寿司屋としてテレビやメディアにも度々取り上げていただきました。

大徳家
大徳家 外装

そして現在 大徳家156年目の新店舗・大移転!

令和7年、大徳家は千倉町の瀬戸海岸通りに新店舗をオープン!次の創業200年に向けての大移転を行ないました。木の温もりを大切にしたモダンな雰囲気の店内は居心地も抜群です。しっかりと仕事を施した握り寿司はもちろん、伝承のレシピを受け継いだ元祖・なめろうなど、味と歴史を頑固に守り続けています。創業時から変わらない美味しいお寿司を誰にでも気軽に、肩ひじ張らずに味わっていただけるお店づくりを目指して更に研鑽してまいります。

大徳家 大徳家 外装
Staf
六代目栗原 誠也

1993年千倉生まれ。
五代目の影響から剣道の道に。地元・安房高校では陸上部に転身、「棒高跳び」の世界へ。「服部栄養専門学校」にて料理の基礎を学んだ後、ミシュランガイドで2つ星に輝き続ける銀座の名店『鮨かねさか』に入店、10年に渡り寿司の腕を磨き続ける。2023年、南房総千倉へ帰還し、大徳家六代目の道を歩み始める。

五代目栗原 和之

1964年千倉生まれ。
地元、安房高校の剣道部大将を務めるなどして大暴れ(笑)、一躍その名を轟かす。
卒業後は、料理の道を志し、大阪へ。「あべの辻調理師専門学校」で料理の基礎を学び、東京・銀座、数寄屋通りにあるミシュラン一つ星の名店「銀座 寿司幸本店」にて11年間、寿司の本格的な修行に明け暮れた。「大徳家」継承のため、千倉に戻り、東奔西走。現在に至る。趣味は、ドライブ、食べ歩き。趣味と実益を兼ねて酒師の資格も取得。
・南房総なめろう研究会 初代会長
・千倉町料理飲食店組合 組合長
・南房総市観光協会 理事
・南房総市朝夷商工会 総代

店主の独り言